専門家でありたいなら専門を離れる時間を青春のひとときに持たなくてはならない。広くジャンルを超える生き方を志せば、いっぺんくらい、ひとつのことに打ち込む経験を積むべきだ。人生のバランスとはそういうものだと思う。

慣習はラグビーの敵である。もっと練習を。もっと練習を。もっと、たくさん。もっと、たくさん。前からそうしていたからそうする。先輩がこの方法で勝ったから同じように。慣習の罠だ。なぜ、そうしたのかの初志を忘れる。本当はもっと練習の休みがあっても結果は変わらないのではないか。本稿のひとつの仮説である。

文部科学省はこのほど「中学と高校の部活動について、休養日を設けるように学校に求める案を大筋でまとめた」(朝日新聞、6月4日付)。教員の負担軽減を主眼とする。ラグビー界はぜひ、「官=オカミ」の指導から独立して、部員の豊かな人生のためという観点で、主体的にこの命題に取り組んでほしい。大学を含む「学校のラグビー」は「夏季と冬季に1カ月ずつのシーズンオフ」を。それが、この小さなコラムのささやかな提案である。

本稿筆者は、東京都国立市の公立中学時代、駅の近くの映画館『国立スカラ座』に通うようになった。いまはなき名画座。赤と黒の地味なポスターがかえって市民の自慢だった。問題は所属していたサッカー部の活動との兼ね合いである。土曜の練習が終わると、すぐ、旭通りをグラウンドのダッシュより速く走って、なんとか上映時間に間に合った。もし、もっと長時間の活動を強いて、休日もめったにないクラブなら「両立」は無理だった。戦績は北多摩西地区の確かCブロックの優勝にとどまったけれど、このごろ、しみじみと『ペーパー・チェイス』や『小さな恋のメロディー』を土だらけの足のまま観てよかったと思う。

1982年度まで4年間在籍した早稲田大学ラグビー部も学生日本一を目標に掲げていたので毎日の練習はそれは峻厳であったが、シーズンオフは長く、夏、春に約1カ月ずつ確保されており、70年代の黄金時代は週休2日も堅持していた。そのあいだは一般学生の気分を味わえた。野球など他競技の学生によく「ラグビー部はいいな」とうらやましがられたものだ。実は「ラグビー部」でなく「ラグビー界」がよかったのだ。各校にそういう文化があった。夏のオフ、映画館のシートに身を沈め、青森の津軽をひとり旅、菅平の合宿に出発する直前の夜、つかこうへい劇団の『広島に原爆を落とす日』を渋谷の劇場で楽しんだりした。

近年、大学ラグビーの上位グループの拘束はどこも長くなった。昨年度の早稲田も当時のコーチに確かめたら、週休とは別のまとまった休みは前のシーズンが終わってから10日程度、夏は試験前の3日、菅平高原での合宿後の3日ほどだ。他校も同様である。全国大会レベルでなくとも、一例、東海リーグ上位グループのひとつ下、A2の日本福祉大学関係者に教えてもらうと、11月にシーズンが終了したら、すぐに新体制でウエイト練習を開始、年明けに10日間ほどオフ、8月の夏合宿後に6日ほど休むのが恒例だ。高校の強豪の大半はのべつ練習している。

トップリーグが実質のプロ化に近づき、体力、体格、栄養、スキル獲得など高度な管理は進む。それは学生ラグビーにも影響を与える。勝負とは競争だから、どこかが長時間、長期間の強化で成果を挙げれば、挑む側も追随する。自主的な「もっと休みを」はなかなか難しそうだ。そこで大会ルールとして「シーズンオフの確保」を参加条件としてはどうか。抜け道だらけ? 正直者は損をする? 「合同自主トレ」のようなグレーなエリアも? そうかもしれない。しかし、ここは無作為の随時チェックと発覚後の厳罰、もとより指導者と部員の良心を信じたい。

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