小林可夢偉選手の驚異的なポールポジション奪取に始まった今年のルマン24時間レースは、ご存知のように予想しなかった展開で終わりを告げて、ポルシェの3連勝で幕を閉じました。

先週の水曜日の夕刻に当地に到着。いきなりの暑さにいつものルマンではないことを察知。その夜に可夢偉選手の閃光一発!1985年のまだユーノディエールにシケインが設置されていない時より速いタイムを叩き出してしまった!

確実にトヨタは速かった。 しかし、相次ぐトラブルとアクシデントで一台、そしてまた一台と戦列を離れた。それは。ポルシェも同じlことだった。おーっ!怖っ。日本でもお馴染みのアンドレ・ロッテラー選手がトップを走行中に総合2位に13周も差をつけていたのにコース上にストップ。ピットまで帰ってこられずにリタイヤしてしまった。彼の4度目の優勝は実現しなかった。昨日、自身のフェイスブックで「正に伝説的な<敗退>だよね」と。「人生でも最悪な出来事だ」とコメントをアップしていた。おーっ、怖っ。

トヨタ、ポルシェ共にフロント周辺のエネルギー回生とモーターのトラブル(だと思われる)で時間を費やしてレースに復帰したマシン、2号車と8号車だけが24時間のフィニッシュラインを通過できた。そしてポルシェが勝った。

トヨタの7号車と9号車、そしてポルシェの1号車の全てにトラブルが発生したのはホームストレッチを通過した直後。もし、ピットロードの入り口の手前で何かが起こっていたのなら直ぐにピットで対処できたのに・・・。普通のサーキットの3倍の距離があるサルテサーキットでは、ピットに帰ってくるのが大変。今年もLMP1の3台が帰って来られずに姿を消したのです。これこそ、ルマンの怖さ。おー、おーっ、怖っ。 より具体的なリタイヤ原因が今後明らかにされるでしょう。

ルマンの歴史を見てみれば、ポルシェが総合優勝を果たすのに19年間かかっている。トヨタがワークス体制で参戦したのが1987年から。その後現在のハイブリッドマシンで連続参戦しているのが2012年から。

トヨタの豊田章男社長が初めてルマンの地に足を運んだ。そしてレースを最後まで見た後にチーム&ドライバーへの労りの言葉とルマン参戦継続を約束した。2017年のWECシリーズはまだ半分も終わっていない。 来年のルマンへ向けてトヨタのスタッフの闘いが既に始まった。

24時間レースの最初から最後まで放送するという<暴挙!>にお付き合いいただいて有り難うございました。

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高橋 二朗
日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。

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